妄想と先を見る力

妄想と先を見る力というか将来を予測する力。

どちらも共通するのは想像力でしょうか。けど、何かが違う。で、答えが出ました。

先を見る力のある人は、新聞や独自の調査により、客観的なデータを根拠に想像を膨らませるのでしょう。
妄想のある人は、相手の事象を関係なく、自分だけで自分の経験により主観的に想像を膨らませるのでしょう。

で、ちょっと重症なのが、妄想していることに気がついていない妄想者。こんな例。
「新聞にこういう記事載ってたよ。この次にAが起きてBが起きてCが起きるから最後はこうなると将来を予想」
ん~、出だしは客観的なことだから先を見てる人に見えるのですが、A,B,Cが起きる可能性はどれくらいなんでしょうか。そこが妄想なんじゃないんですか。

この件、Japan Tour以来ずっと考えました。きっかけは何の変哲もない簡単なPart7のチャット問題。あろうことか3回解いているのに初めて間違え、先生の言った「本文ではこう書いていて、こう考えると、答えの選択肢も間違いとは言えない選択肢。」に反応したのがきっかけ。私はつかさず「この間違いの選択肢も、こう考えれば、間違いの選択肢も間違えとは言えないんじゃないですか。」と聞くとお互い考えた挙句、「妄想ですね。この間違いの答えが正しければ何でもありの世界になりますね。」とまとまりました。視線の重点が違うんですね。

<その時の会話>
私「先生はこの部分から、答え持ってきてますが、私も同じ文が解答根拠です。それで、間違いの選択肢ですが、共同研究で靴屋と靴屋が靴開発している場合もあるから、この人は靴屋でもいいんじゃないですか。」
先生「ん~、そうねえ。(発言せず10秒くらい考えている時間がたつ。)」
先生「でも、そうだったら、○○◇◇のケースもあるんじゃないですか。」
私「あ~、ひょっとしたらスポーツジムと靴屋が共同で、新しい靴を考えるのも可能ですね」
私「ひょっとして妄想ですか」
先生「妄想ですね。これ答えだったらなんでも答えになるから」
※先生からではなく私が「妄想」と気づいた点が大きかった気がする。自分で自分の癖に気づいた瞬間。

(まとめ) 答えが出ましたとは最初に宣言したものの、本内容は私の個人の考えなので、妄想かもしれません。

しかし、これだけは確実に言える。TOEICもセンター現代文も好きなもの。それは、
・具体と抽象
・主観と客観(現代文だったら筆者の個人的な意見かどうかがポイント。TOEICならが主観で考えると間違えるという構図。ちょっとだけテスティングポイントが違う。)
・原因と結果
・リンク(前の文と、今の文同じ事言っていない?ということ。書き込みできるセンター現代文だったら線だらけになります。)
・二項対立(賛成意見なのか反対意見なのか。TOEICだったら、AさんなのかBさんなのか、Cさんなのか。A店なのか、B店なのか、C店なのか。センター現代文だったら、線の引き方を変えます)
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[ 2016/09/04 10:10 ] TOEIC | TB(-) | CM(0)
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